This Blog "Scientific View" is from Japan, blordcasted by aohmusi (physics student). In this site I will blordcast you some interest thing for ME. Then FOR ME, I love to study science, so this blog has a scientific view. Please feel free to contact and tell me how do you think about my Views.

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2008年12月19日金曜日

見学者

数学専攻の3回生が、研究室配属を決めるために、うちの研究室に遊びにきた。

僕自身は、数学に所属しているが、それほど数学が得意というわけではない。

もともと物理だから物理が(得意かはわからないが)好きだ。


しかし、数学をメインに勉強してきた彼からすると、
うちの研究室は、かなり異質に感じたことだろう。

山のようにある数学的な課題と、
必要とされる膨大な知識。

数学、物理、化学、生命科学、情報科学、数値計算

あらゆる知識を要求する上に、
セミナーが英語で行われているという
とてつもない負荷だ。

僕は、所属していた学部が物理学科で、
その下に物理専攻、数学専攻とあったので、
数学については、単位制限をオーバーしながらチョクチョク受けていた。

理科系の他の科目については、
教職免許の理科と、数学を取る時に、勉強する機会があった。

おかげで、いまは研究室になじめている。

4年生から、配属しようとして来れる学部は、
生命科学と、数学。

はたして、彼らに
ウチの研究室に入ってこれるだけの度量があるんだろうか。

もし入ってこれる生徒がいたなら、
彼は、きっと素晴らしい能力の持ち主だろう。

そんなときに、僕はうまくやっていけるだろうか。
恥ずかしくない知識を持ち合わせているだろうか。

研究室には、分子化学夏の学校の
かつてのトップ2とも言える人がいる。

そんな中で、自分のポジションを得ていかなければならない。

今甘えても、
いずれ、今よりもスケールの大きいところで、
ポジションを得る必要に迫られる。


恥ずかしくない人間にならなくては。

2008年12月11日木曜日

女性研究者

今日は研究室に、素敵な女性ヴィジター
(3,4日泊まって研究交流する、研究室のボス(研究を直接はせず、研究員や学生にテーマを配分し、他の研究室との交流や、予算、授業などをしながら、研究室の舵を取る人))
がいらっしゃいました。

女性だから云々とは言いたくないのですが、
はじめての女性ビジターで、とても研究の質が高い
ということをうれしく思いました。

理系白書(毎日新聞社編)で述べられているとおり、
日本の女性研究者は、妊娠・出産をディスアドバンテージにされて
なかなかポジションを得ることができません。

それどころか、学部、修士、博士、ポスドク、研究員、助教、準教授、教授
とポストが上がるにつれて、「比率が」下がってゆくのです。

なぜ彼女らの才能を生かすシステムを作らないのでしょうか
本当に心から憤りを感じます。


外国人研究者の件もそうですがね。


しかし、彼女の研究内容は、とても高度で
何より驚いたのは、彼女が物理的な分野にいる事でした。

しかも理論家として。

これは、僕の偏見(といいうより感想)ですが、
女性の研究者や学生は、特に物理の理論分野は苦手だということを感じていたのです。

数学や、化学、生命科学、計算物理などの分野は、存分に女性の力が発揮できる
と感じていたのですがね。

だったのでとても驚きです。


明日、インフォーマルディスカッションがあるので
とっても楽しみです。

ロシヤ出身だそうなので、
ランダウの話が聞けるといいですが。。

2008年11月29日土曜日

解析力学

最近気になっていた、言葉

ダランベールの原理
仮想仕事の原理

最小作用の原理

ほんとに原理なんだろうか
って調べてみたら、原理でもなんでもない。


ニュートンの原理が成立していれば、
これら三つは、特になくても
ラグランジアンを構成できるし、
ハミルトニアンも作れる。

原理と置く事で、逆にたとえば
一般化座標に対する条件が捕らえにくくなっている気がする。

2008年11月26日水曜日

The establishment of the "Law of Newton"

◆座標系と実験系【数理科学】〈数学+初期物理〉
幾何公理・幾何学
鉛直・水平座標系
→直交(デカルト)座標系、ベクトル座標系

◆質量・重力と運動【物理科学】
幾何天秤実験 → 同じ・違う(重い・軽い)
落体実験 … 質量によらない運動
滑車と重りによる水平運動実験 … 質量(重力)による運動 → 重力仮説

◆運動の恒量と慣性系、散逸構造の近似的扱いの可能性【物理科学】
振り子、レール実験 … 質量によらない運動 → 運動の恒量仮説、摩擦仮説
非対称レール実験 … 等速直線運動仮説、摩擦仮説
船(動体)上実験 … 慣性系仮説

→速度変化率(加速度)と力仮説【物理科学】

→微積分学【数理科学】・古典力学【物理科学】

2008年11月22日土曜日

科学と研究

**以前 Life of Study で書いたものを少し改良**

◆はじめに
前回は「科学とは」という問いに対して「思考様式である」という結論を導いました。
詳しくは前回「科学とは」を参照を参照してください。

今回の話は、前回の続きで、その研究手法についての話です。
科学は、現象に依拠した原理を立てることによって、合理的に説明すること
と話しましたが、今回は

「現象」とは何なのか、
「原理を立てる」とは何なのか、
「合理的に説明」とは何なのか、という話です。

ここでのキーワードは帰納法と演繹法です。

◆準備
帰納法と演繹法を理解するうえで重要なキーワードは「必要十分条件」の理解です。
必要十分条件とは、必要条件が成り立ち、なおかつ、十分条件が成り立つ条件のことです。


では必要条件とは何だったのだのでしょうか。

必要条件とは、

任意の(ありとあらゆる)集合Aにおいて、
(ある〔集合である〕事象(評価する対称)Bが存在して、その)
事象Bが、集合Aを含む時、
事象Bに対して、集合Aが必要条件であるという。


十分条件とは何だったのでしょうか。

十分条件とは、

任意の(ありとあらゆる)集合Cにおいて、
(ある〔集合である〕事象(評価する対称)Bが存在して〈ここまでは同じ〉その)
集合Cが、事象Bを含む時、(逆になってることに注意)
事象Bに対して、集合Cが十分条件であるという。


簡単に言ったら、集合の元(要素)の数は
A<B<C
(等号を含む)になっています。(お分かりいただけたでしょうか…)


◆歴史的背景
近代科学が生まれたのは、間違いなくヨーロッパです。
そのヨーロッパにおいて、大きな派閥が存在しました。
イギリスとフランスにおいてのことです。
彼らは、帰納法と演繹法という二つの手法のどちらが、
科学をするうえで正しいのかという点で、争っていました。

帰納法とは、様々な情報や経験を元に
自然法則を見つけようという視点です。

演繹法とは、様々な仮説を元に、
自然法則を説明しようという視点です。

この争いは、実は両方を用いることが正しいという決着を得ました。
すなわち
帰納法とは実験であり観測あり、
演繹法とは理論であり仮説であります。

ここに近代科学の基礎ができたといっていいと思います。

◆科学の中の必要十分

この争いは、実は両方を用いることが正しいという決着を得ました。
すなわち
帰納法とは実験であり観測あり、
演繹法とは理論であり仮説であります。

と申し上げました。
では具体的な、研究過程とはどのようなものなのでしょうか。

帰納的な研究、つまり実験や観測によっては、正確に現象を捉えることができても
その背後にある、要素にまで迫れません。

演繹的な研究、つまり理論や仮説を立てることによっては、現象を説明することができても
机上の空論、つまり、実際にそうであるかという部分が欠けています。

ここで持ち出したいのは、
冒頭で述べた、必要と十分です。

実験や観測によって、現象に迫る手法は、
観測結果が、ある現象を「含んでいる」ことはわかっても、
その現象だけであるとはいえません。

例えば、時間と位置と温度を測定したとしても、
実際に、現象に関わるものがそのうち二つしかない(実際にはそれすらわからない)と
情報過多になり、何が本質かを見極めなければなりません。

ほかにも、観測したい粒子の位置情報を得るときに、
できれば一つの粒子の情報をずっと追い続けたい
けれども、観測する為には、沢山のほかの粒子も観測しなければ測定できないことがあります。
これはつまり、統計的な観測しか出来ない状況で同じく情報過多ですね。

つまり、現象よりも大きな事象を観測したことになるのです。
これは必要十分における、
事象に対しての十分条件に他ならないといえます。

理論や仮定によって、現象に迫る手法は、
それらの仮説によって成立した事柄から、ある現象の「要素(らしきもの)を特定できた」といえても、全ての要素が捕らえれたわけではありません。

もしそうならば、この世の中の根源的な物理法則を見つけたことになります。

つまり、実際の現象よりも小さな事象を説明したことになるのです。
これは必要十分における、
事象に対しての必要条件に他ならないといえます。

簡単に言ったら、集合の元(要素)の数は
A<B<C

といいましたが、
研究において、
(理論)<(現象)<(実験)

であり、より現象に迫った理論や実験をすることによって
真理に迫ろうというのが科学的研究手法です。

◆科学と必要十分から何が言えるのか。

この研究手法は、もちろん科学的です。
つまり、原理原則を、現象に依拠することによって
覆す可能性があるのです。

しかし、実際には覆すという言い方は正しくないかもしれません。
前回も、特解であると言いましたが、

ある仮説が、ある事象を説明できたと言うことは
(仮説で立てた)要素自体は含んでいたことになります。

したがって、それまで立てられた理論を、
もう一度、新たな要素を含む(またはより根源的な要素を仮定する)ことによって
理論を立て直す必要が生まれます。
これによって、それまでの視点が覆る(新たな要素を入れる必要がある)
可能性があるということなのです。

少し首尾一貫していませんが、
仮説から理論を導くので、
仮説が十分現象を捉えきれていなければ、
理論が間違っているということがあるということに、
注意してください。

科学は厳密に現象を捉えることは可能ですが、
理論から生まれた、科学的知識が、普遍性があるとは限りません。
むしろ、正確な議論ほど、
「~である可能性が高い」「~と考えられる」といった、
現象に対する謙虚さが必要になります。

それは、あくまで我々が「説明している」現象は、
仮説をもって「説明している」のであって、説明し切れているとはいえません。
ただ言える事は、ある程度の「確からしさ」をもって「説明している」出来ている
ということでしょう。

「買ってはいけない」と断言することは言語道断ですし、
「買ってはいけないは買ってはいけない」と言うことも言語道断です。
そもそも、断言できるほどの知識など、人間は持ち合わせていません。
あくまで、可能性があると言うのが正確な議論になります。

この点を勘違いされている方が多いと感じています。
ご注意ください。

◆おまけ

ちなみに、こうやって議論をすること(論を述べること)は
一般に、必要条件を繰り返し用いています。

つまり、Aが成り立てば、Bが成り立たなければならない
という話の仕方をしています。

皆さんが、あっ!そうだなと感じた時に、
つまり、経験と照らし合わせて、それに合致したときに、
必要十分に近づきます。

しかし、人間の現象を捉える「感度」は、
変化に対して敏感なのは確かめられているようですが、
それが、正確に現象を捉えることに繋がらない(基準がそのつど変わる)
ので、必要の部分がいくら正確であっても、
十分性を人間の感覚に頼るのは危険です。
ご注意ください。

(と言ってしまうと、この議論すら無意味意なるのですが…)

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この内容の論理記号を用いた具体的な標記が存在します
何分、論理記号を用いている為、掲載できません。
読みたい方はご一報ください。
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2008年10月21日火曜日

京都に出張

今度の木曜から3日間京都に出張します。

僕の研究テーマが
研究室の李さん(僕の指導教官)がプリゴジンスクールでしていたD論
の続きに決まったので、
その分野(統計力学)の先生方のサマースクールみたいなもの?
があるので、そこでその分野の先生方を僕に紹介したいそうです。

まだ少し早いですよねw

生物物理分野の研究室にいるので、
手元の手法が理論物理でも、
聞く話が生命現象ばかりなので、
物理の話にどれくらい付いていけるかは少し不安です。

勉強してるのも、力学系とリー正準変換っていう数学的なゴリゴリの古典力学ですから。。

ちなみに、大阪に寄れるかどうかはわかりません。
たぶん晩は飲み会でしょうし、
奥さんとお子さんも連れて行かれるようですから、
観光も付き合うことになるでしょう。

それより僕は、吉光先生(関学での指導教官)を
晩の飲み会に誘っていいのか気になっているのですがw

2008年10月5日日曜日

流声群

・吉光先生の言葉

 先生の指導教官、松原先生がどんな小さな計算でも、書いたメモは残しておいた方が言いとおっしゃっていたらしい。
日々の勉強の中で、痛感させられる。

 三種類の学者。腕力型、総合型、発想型。


・Tomio Petrosky先生の言葉

ルールや社会通念は、人々から無駄な思考を省いてくれる。
コミュニケーションの一つのあり方として考えさせられる。


・読む

精読、粗読


・Professional

刺激を受けなくなってきた。
彼らの思考に慣れてきたのだろうか、それとも制作側の癖を読み取ったんだろうか。


・週に15単語

Noteに書く、これで充分。


・タイピング

川島隆太先生が単純計算を頭のウォーミングアップとして薦めていた。
朝一番にするといいかも知れない。